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旅のはじまり - America vol.1 -


中南米の旅への出発地に選んだのは、世界の中心アメリカ合衆国のニューヨークだった。日本から中南米の都市へダイレクトに渡航するのは、航空券代だけでもかなりの額が必要だったため、格安航空券サイトと数日間睨めっこをした結果、日本~ニューヨーク~カンクン(メキシコ)の空路が、最も安価に中南米へと辿り着けることが分かった。そんな経緯があり、世界経済の中心地アメリカの、これまた中心であるニューヨークに恐れ多くも渡航することになったのだ。

今まで、主に発展途上国を旅してきた僕にとって、アメリカは、言わずもがな先進国の代表格。世界の中心と言っても過言ではない大都会ニューヨークに降り立つのは、どうも場違いな気がしたが、せっかくなので4日間滞在することにした。その一番の目的は、ニューヨークのハーレム地区に行くことだった。

僕は、大学時代、国際文化学科という、いかにもインターナショナルな名前だが、英語力は全く培われない学科に所属していて、アメリカ文化を先攻していた。特に興味があったのは、アメリカにおけるアフリカンアメリカンのカルチャーだった。彼らのカルチャーは、パワフルで創造性に富んでいて、攻撃的で、また時には理知的で、その前向きさに初めて魅了された十代の頃から現在に至るまで、その新鮮な衝撃は色あせることなく、心の片隅に生き続けていた。

まだ、黒人差別が表面的に見えていた頃、彼らは、白人と同じトイレを使用できなかった。バスに乗れば、白人に席を譲らねばならなかった。そんな、今では考えられない圧政に耐え忍んでいた彼らは、しかし、その矛盾に屈することはなかった。公民権運動が始まり、徐々に、文字通り「自由」を獲得していくその様は、人間が本来持つ強さを黒く輝かせ、同時に、独自の文化を育んでいった。その一つに、奴隷時代の「嘆き」から生まれたブルースから、派生して、ソウル、そして、自己肯定の極みとも言えるHIPHOPというカルチャーが産声を上げたのは、ニューヨークのブルックリンだった。彼らは、歪んだ社会の構造、差別、多くのやり場のない思いを、詩に託し、だから、HIPHOPの詩は生々しく、人間味に溢れていて、その表現方法は、今や世界中に広まっている。

ニューヨークの町角で、マイノリティの中から生まれた文化は、今や世界のスタンダードと化した。重要なのは、彼らが、社会的に弱い立場に甘んじていたということ。しかし、その彼らが生み出した文化が、とてつもなくクールだったいうこと。その相反する要素が絶妙に絡み合ったHIPHOPに、十代の僕は、ぞっこんだった。弱者の生んだ最高にクールな文化。あの頃に新鮮な気持ちは、今も色褪せていない。 そんなだから、ニューヨーク最大の、アフリカにルーツを持つブラックコミュニティであるハーレムは、一生の内に一度は訪れてみたい場所であり、偶然にもそのチャンスが巡ってきたのだ。

メトロに飛び乗って、「ハーレム125丁目」の駅で下車する。地上に出ると、その日は良く晴れていて、朝の暖かく透き通った日差しがハーレムの町を包み込んでいた。日曜日だったこともあり、人も多く、当然ながらそのほとんどはブラックの人達だ。かつては、麻薬と犯罪がはびこり、治安の悪いことで知られていたこの地域だが、1993年にジュリアーノがニューヨーク市長に当選してから、ニューヨーク全体の治安は改善されていき、それはここハーレムも例外ではなかった。 そのため、僕のような観光客も多いようだが、アジア人は見当たらなかった。

朝から活気のある町中を歩いていると、他の地区では目にすることのない、様々なものが目に飛び込んできた。道ばたの露天では大容量の整髪用ジェルが、鮮やかな原色を携えて陳列され、その横では、甘くキツイ香りの香水がその芳醇すぎる香りを辺りにに充満させている。黒人音楽の殿堂として有名なアポロシアターでは、何かのコンサートがあるのか朝から人だかりができていた。そんな人々の「生活」の匂いがするこの町を僕は、気に入りはじめていた。

さらに歩を進めると、ふと、近くの教会からゴスペルが聞こえてきた。日曜の礼拝だ。教会内部から街頭にスピーカーが接続されているようで、通り一帯にその力強く美しい歌声が響いている。その歌声を背にしながら向かいの横断歩道を渡ると、そこはスパニッシュ・ハーレムの地区のようで、スーパーでは店員同士がスペイン語でおしゃべりに花を咲かせている。中南米やカリブ諸国のスペイン語圏からやってきたマイノリティ達にも、ここハーレムは寛容なようだ。

世界的な大都市ニューヨークにあって庶民的で、どこか下町情緒あふれるこの町を僕はすぐに好きになった。そこは、エネルギッシュで、反面リラックスした空気が流れ、それらが絶妙な化学反応を起こして個性的なカルチャーを作り上げてきたのだろう。よそ者に冷たい印象のニューヨーク。しかし、ここハーレムは、元々よそ者扱いされてきた人々のコミュニティだけあって、誰に何をしてもらったわけでもないが、温かみを感じる都会のオアシスのように僕の目には写った。旅の出だしは上々のようだ。

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