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未知の国 - Bulgaria vol.1 -


トルコとブルガリアの国境へは、エディルネの町から、公共バスで30分程だった。国境の目の前でバスを降ろされ、歩いて国境に向かう。車での通行がメインの国境のようで、高速道路の入り口のような造りになっていた。周りを見ると、車での国境越えばかりで、歩きは僕一人のようだ。まず、トルコ側の出国手続きを行い、確か100メートル程歩いた所にある、ブルガリア側の入国手続きを済ませる。見上げると、ブルガリアの国旗が寒空になびいていた。ここはもう、トルコではなく、ブルガリアだ。何度国境を越えても、戸惑いを隠せない。ある線を越えたとたんに、お金も、言葉も、住んでいる人も、自分を取り巻くすべての環境が変わってしまうことに。振り返っても、もうトルコに戻ることはできない。

ブルガリアに入国し、最初に目に飛び込んできたのは、寂れたガソリンスタンドと、数台トラック。そして、観光客目当てであろうタクシーだった。声をかけてきたタクシー運転手によると、最寄りの町は、歩くと遠く、タクシーで行く他ないらしい。もう、日が暮れかけていたので、タクシーに乗ることにした。早速、さっき国境で両替したばかりのユーロを使う。ヨーロッパ圏に入ったことを改めて実感した。タクシーの料金は、確か10ユーロ程だったように思う。その値段が高いのか安いのかは分からなかったが、そうするしか、町にたどり着く術がないのも事実だった。最寄りの町を目指し、ひたすらに何もない道をひた走る。両脇には、草原なのか、田園なのか分からないが、のどかで、それでいてどこか哀愁の漂う風景が、途切れなく続いていた。スヴィレングラードというその町までは、タクシーで40分程だったと記憶している。町に着いた頃には、もう既に日は暮れていた。

スヴィレングラードは、本当に何もない、殺伐とした町だった。色に例えるのなら、灰色だ。雪の残る道路と、枯れ果て、緑のない木々が、余計に僕の心を孤独にさせた。同時に、これから旅する未知の国・ブルガリアは、どんなところなのだろうという、期待が胸に満ち溢れてきた。「未知」に対する興味がなければ、旅はできない。

トルコと変わったことはたくさんあったが、最も顕著にそう感じたのは、人々の気質だ。トルコにいた頃は、特にエディルネのような田舎町では、道を歩いていても好奇の眼差しを持って、珍しい東洋人の僕を見てくることが多々あり、話しかけてくることすらあった。しかし、ここブルガリアでは、誰も僕にそんな眼差しを向けることはなく、好奇心のかけらもないようだ。例えあったとしても、ブルガリア人は、それを内に秘めるタイプなのだろう。どことなく、日本人の気質に通じるものがある。また、道行く人々は、急ぎ足で無表情の人が多く、男性は大柄な人が多いため、余計に冷たそうなイメージを抱いた。

また、道によっては街灯がほとんどない場所もあるので、夜はとにかく暗く、冷たい空気と相まって、まるで、この世ではない、無機質な世界にいるようだった。その日の晩、すぐに、エディルネの町とイスマイル達が恋しくなった。今までは、一人で旅をしていても、なんだかんだで、誰かかが構ってくれていたが、ここブルガリアでは、僕は本当に一人なのだと感じた。

ブルガリアに来て困ったことは、ブルガリア文字が全く読めないことと、英語がほとんど通じないことだ。レストランなどに入っても、ロシア文字のようなブルガリア語の表記しかなく、また、店員にも、英語はほとんど通じなかった。そのため、他の客が食べているものを指差したり、ビールはビールで通じたので、それを注文したりしていた。それもまた新鮮で楽しく、また幸い、この国の物価は驚く程安く、庶民的なレストランでなら、値段の心配をする必要は全くなかった。

僕が思い描いていたヨーロッパは、華やかで、品があり、煌びやかな美しい世界だった。しかし、国境の町だからかもしれないが、実際に来てみたここブルガリアは、殺伐としていて、哀愁の漂う、悲しげな場所だった。宿に戻り、少し、この国のことを調べてみた。調べてみると、「他の東ヨーロッパ諸国と同様に、旧ソ連の衛生国家として、社会主義体制を1990年まで敷いていた」とある。いわゆる、冷戦時の東側諸国だ。確かに、画一的な町並、時折目にする、個性の欠片も見当たらない、無表情な集合住宅は、社会主義時代の名残なのだろう。民主主義となった今でも、そんな社会主義時代の面影が、随所に残っていた。僕の思い描いていた、社会主義の勝手なイメージ。それらのいくつかを、ここブルガリアで目にするとは、思いもよらなかった。

おそらく寡黙であるだろうブルガリア人の気質と、社会主義時代の名残。そして、雪の残る、寒い気候。それらが混ざり合い、この悲しげな雰囲気が生まれていたのだ。なんという化学反応だろうか。今までの、出逢いに満ちた旅からは一変して、そんなことは望めそうもないこの国で、僕の旅に対するモチベーションは、「未知」の国ブルガリアに対する、好奇心だけだった。

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