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色と光 - Bulgaria vol.2 -


プロウディフに行くことは、エディルネにいた時から決めていた。首都のソフィアを目指すのが普通なのだろうが、イスマイルに

「ソフィアは危険だ」

と口酸っぱく言われていたので、僕自身、あまり大きすぎる都市は苦手ということもあり、スヴィレングラードからそんなに時間のかからない、ブルガリア第二の都市・プロウディフに行くことに決めていたのだ。インターネットの情報によると、この町の売りは、ローマ時代の面影がそのまま残る旧市街ということで、ブルガリアに入ってやっと、観光らしい観光ができそうだ。プロウディフには、二泊する予定だった。

スヴィレングラードでは、バスステーションを見つけるのも一苦労だった。宿の主人に聞いても、英語での説明ができないようで、どこか他で聞いてくれと言われる始末。あてもなくブラブラと町を歩いていると、偶然に見つかったから良かったものの、もしも、このまま見つからなければと考えると、それもまた面白い。この頃には、そういったことも楽しめてしまう位の余裕ができていたのも、確かだった。それを肯定的に表現すると、旅を続けていくうちに自分の欲求に対して鈍感になり、思惑通りに行かなくともそれを受け入れられる、気持ちの大きさが身に付いてきたということになるだろう。

バスステーションでも、予想通りブルガリア語しか通じず、カウンターで

「プロウディフ、プロウディフ!」

と連呼すると、端正な顔立ちの美しいブルガリア人女性が、両手の指をクロスさせ、14にも45にも見えるジェスチャーをした。15分後か45分後に、プロウディフ行きのバスが発車するということだろう。そんなやり取りの一つ一つが新鮮で、この国に対する好奇心を駆り立てられるようだった。そして、この国の若い女性は皆整った顔立ちで、いわゆる美人が多かった。

途中、どこかの町(名前は忘れた)でバスを乗り換え、プロウディフに到着した頃はもう日が暮れていて、外は暗く、地図もなかったので、不本意ながら、バスステーションに群がるタクシーの一台に乗り込み、適当な宿へ連れて行ってもらうことにした。連れて行かれたのは、割と大きなホテルで、値段を聞くと日本円で2,000円程だった。いつもなら、こんな高い値段のホテルには泊まらないが、滞在が2日間だけと決まっていたため、今回は贅沢をすることにした。大きくて現代的な、綺麗なホテルだった。部屋には、キングサイズのベッドが堂々と鎮座しており、それを軽々と受け入れ、なおかつ残されたスペースも広大だった。もちろん、バスルームも完備だ。

その日はもう暗かったので、観光は明日に先延ばしすることにして、夕食を摂るためにレストランを探すことにした。大通りに出ても、街灯はまばらで、少し細い通りに入ると真っ暗な道も多かった。夜間でもスリや強盗などの危険は、どうやらこのプロウディフでもなさそうだったが、やはり、こういった不可抗力的な怖さがあるのは、スヴィレングラードと同様だった。

レストランを見つけ、店内に入る。席につき、メニューをもらう。毎回のことながら、キリル文字のようなブルガリア語は、全くもって読むことができない。すると、見かねた店員が、片言の英語で料理の説明をしてくれた。やっとの思いで注文を終え、店内を見渡す。割と広い店内の、2テーブル程離れた所に5、6歳の子供達とその母親らしき集団がいた。数にして15、6人位だろうか。運ばれてきたチキンのソテーのようなものを食べていると、店内から陽気なパーティーチューンが流れ出した。その音楽に合わせ、子供達が思い思いに踊り始める。何人かの子供が、僕の座っていたテーブルの近くまでやってきた。子供たちの顔をよく見てみると、皆、顔にペインティングをしている。何かのパーティー、もしくは、誰かのバースデーなのだろう。アッパーな曲調に合わせて、大はしゃぎする子供達。ブルガリアに来て、ずっと灰色だったこの国のイメージに、初めて色が付いた瞬間だった。

ホテルへ戻る。ロビーの脇にある、レストランとバーが一緒になったようなスペースで、ビールを一杯飲んでから寝ることにした。店の中央付近で、約20名程の男女が、丸いテーブルを囲み談笑している。年齢は20代から50代位までとバラバラで、何かのパーティーのようだった。ビールを飲みながら、しばらくそれを眺めていると、店の隅にある音響から民族音楽のようなものが流れてきた。すると、何人かの男女が立ち上がり、男性が女性の手を引き、踊り始める。タンゴのように華やかでもなく、日本舞踊のように重々しくもない、質素で素朴な踊りだった。程なくして、テーブルにいた全員が立ち上がり、大きな輪を作っての踊りに様変わりした。輪を少しずつスライドさせながら、曲のテンポに合わせて、踊りは続く。時折、ものすごくテンポが速くなるが、そんなことを感じさせない程、軽やかなステッ0灸プを踏み続ける。踊り慣れている証拠だ。黙々と、身内のみで輪を作り、踊り続ける。部外者の僕が付け入る隙は、どこを探しても見当たらなかった。その閉鎖感が、なんともブルガリア的であり、しかし、そんなブルガリア人達が、まさか、こんなにも楽しそうにダンスを踊るとは。音楽が鳴り止むと、一人の年配男性(おそらく4、50代)が額の汗を拭い、ふーっふーっと心地良さそうに呼吸を整えながら、

「いやー、今日はいい踊りができた」

と言わんばかりの、満足げな表情を見せた。この一連の出来事もまた、灰色の中の一筋の光とも言うべき発見だった。

この日、プロウディフで見つけた色と光は、周りがすべて灰色であるが故に、色はより鮮やかに、光はより強く感じれられ、旅を終えた今も、僕の中のブルガリアという国の印象に、影響を与え続けている。

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