タイ、その後 - Thailand vol.3 -
- Ryusuke Nomura
- 2011年3月1日
- 読了時間: 3分

結局、バンコクには一週間近く滞在してしまった。人との出会いが、僕の足を止めた。ここでは、本当に様々な人に出会った。その中の1人の男性と、宿が同じだったこともあり、次第に一緒に行動することが多くなった。彼は、歳は僕より3つか4つ上で、世の中の所謂、裏側に詳しい人だった。おそらく、日本での僕の行動範囲を考えると、絶対に出会わないであろう人だ。僕の知っている世界を表とするならば、彼の知っている世界はそれとは真逆の、まさに裏だった。昼間は観光をしたり、町歩きを楽しんだりしたが、夜になると決まって彼が話してくれる興味深い話に耳を傾けた。人間は相反するものに惹かれる性質があるらしく、日を追うごとに僕は彼の話にどんどんとのめり込んでいった。

そんな彼からの話は、そのほとんどが印象深いけれど、その中でも特に考えさせられた話がある。それは、東南アジアにおける児童買春の話だ。
東南アジアの国々は、その歴史において、他国からの侵略や隣国間での戦争を数多く経験してきた。そんな戦争を終結させる為に、国連から平和維持軍が派遣される。そうして派遣された平和維持軍のために、即席の慰安所が作られる。人間はどこへ行っても三大欲求から逃れる事はできないようだ。そうして、戦争が終われば平和維持軍は国から出て行くが、慰安所は置き去りにされる。そして月日は流れ、今度は平和維持軍の代わりに、大量の外国人旅行者が流れ込んでくる。そんな旅行者の中には、子供に性的興味を持つ者もいる。かつて平和維持軍のために作られた慰安所は、今度はそんな旅行者のニーズを満たす為に、少女をそこで働かせる。そこに需要と供給が生まれ、お金を生み出すシステムが確立される。というのが、東南アジアにおける児童買春の実態らしい。
平和維持軍の意味をその名の通りとするならば、彼らがもたらしたものは本来のそれではなく、それとは真反対に位置する混乱であり、その混乱における最大の犠牲者は、現地の少女達ということになる。世の中のあらゆる物事には表と裏があって、この話はまさに裏側。この児童買春もそこに需要があるということは、それを求めている人がいるのだから、その人たちの欲求を満たしていると考えれば、それは一見サービス業となんら変わりなく見える。しかし、そこで生まれるお金は、本来「生まれてはいけない」お金だ。しかし、ビジネスとして成り立ってしまっている以上、そのシステムを完全に無くすことは難しい。
日本ではこの類いの問題は、「そんな所で子供を働かせる親が悪い」、「子供を買う旅行者が悪い」などとよく言われているが、それよりも、「なぜこんな状態になってしまったのか」を考えることの方が大切なのだと感じた。そうして考えていくと、結局、行き着く先はいつも同じだ。それは「強者に翻弄される弱者」であって、それはこの児童買春に限らず、この構図が当てはまらないもの、もはやないのではないかという位、あらゆる物事に浸透している。それは、ある時は分かりやすくストレートに、またある時は一目見ただけでは分からない程巧妙に、様々な場所で今日も行われ続けている。そして、その多くは「知らない方が良い」事であり、しかしそれは、僕らが「知らなくてはいけない」事である。
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