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新しい国と子どもの物乞い - Nepal vol.1 -


カンボジアからタイのバンコクに戻り、次はインドかネパールのどちらにするか悩んでいた。インドはビザの取得が事前に必要で、それはすでに日本で済ませていた。旅に出る前から、インドには行く気はあったのだ、しかし、帰国予定日は、あと一ヶ月後だった。インドは広く、見所も多い。さらに、インドは長期滞在でこそ、魅力が増す国だと色々な人から聞いていた。一方ネパールは、ビザの取得は空港で可能で、インドに比べ、かなり小さな国ということもあり、日程的にも、余裕を持って旅ができそうだった。のんびり屋の僕は、少し悩んだ後に、行き先をネパールに決めた。

バンコクから飛行機で首都カトマンズの空港に着いたのは、夜の8時過ぎだった。特にネパールの何を知っている訳でもなかったが、この国は、ずっと僕の中で身近な存在だった。なぜだかは分からないが、ずっとこの国に行ってみたいという願望を持ち続けていたのだ。インドを選ばなかった本当の理由も、もしかすると、そこにあったのかもしれない。日数が足りないというのは、自分を納得させるための言い訳であって、ネパール行きが決まり、内心ホッとしている自分がいた。

カトマンズの空港は、タイのそれと比べると、同じ施設とは思えない程小さく、みすぼらしかった。空港の大きさが、そのままその国の経済状況を表すというわけではないが、タイとネパールにいたっては、どうやらこの法則が当てはまるようだ。

タイの空港で知り合った日本人の老人とタクシーを捕まえて、宿に向かった。この老人は、ネパールにはもう何十回も来ている、ネパール好きらしい、到着が夜ということもあり、その土地に詳しい人と出会えたことは、ラッキーだった。新しい国に足を踏み入れる時は、いつだって緊張するもので、治安が比較的良いとされているネパールでも、それは同様だった。

その安宿は、旅行者の集まるタメル地区という場所にあった。その宿に一泊し、翌朝、表に出てみると、東南アジアとは、建物も街の造りも、全く違うことに驚いた。その違いをさらに強めているのが、このネパールの気候だ。今まで暑い東南アジアは、朝から夜まで常に暑かったけれど、ここネパールは、湿気が少ないのか、昼間は半袖でそれほど汗もかかず快適に過ごせ、夜は長袖を着てちょうどよいという快適さだ。

タメル地区は、狭い路地がまるで蜘蛛の巣のように入り乱れ、建物が、道々に所狭しと立ち並んでいる。まさに迷路のようで、散歩好きの僕は、もう歩いているだけ楽しかった。観光客目当ての店も多いが、それ以上に古い町並みが随所に残っていて、その絶妙なバランスが、僕の歩く範囲を一層広くさせた。

国土の小さなネパールだけれど、カトマンズは一国の首都というだけあって、それなりに観光名所はある。その中でも最も有名なのが、ダルバール広場だ。ダルバール広場とは、古い寺院が立ち並ぶエリアで、カトマンズ観光には外せないポイントだ。そのダルバール広場に向かう途中に、一人の子供の物乞いと出会った。その子供は、手足が第二間接で切れていて、地を這うように歩いていた。不自由な手足でゆっくりと移動しながら、道行く人々に手を差しのべ、しかし、不思議とその表情に悲壮感はなく、でも、それとは正反対に、僕の心は、一気に暗くなった。

僕はその子供に、お金を渡した。旅の最中に、初めて物乞いにお金を渡した。なぜそうしてしまったのか。自分の中に明確な答えはなかった。ただ、一つ言えることは、僕は、その子供の物乞いを「かわいそう」だと思ったということだ。それが良いことなのか悪いことなのか、正しいことなのか間違っていることなのかすら、この時の僕には判断がつかず、その子供を見かけた瞬間に、自分がお金にモノを言わせ、何不自由なく旅をしている日本人だということに罪悪感を覚えたのかもしれない。もし、そうならば、この子供の物乞いにお金を渡したことは、単なる自己満足であり、それによって誰が救われるわけでもなく、実に自分勝手な行動ということになる。何が正解だったのかは、未だに分からない。ただ一つ、僕が感じた真実は、お金を渡した後、その子供が、僕に向かって笑顔を投げかけた時だ。その笑顔は、物乞いではなく、誤解を恐れずに言うならば、いわゆる「普通」の子供のそれと、なんら変わらなかったということだ。そして、そのことは、その物乞いの子供にとって、今、自分の置かれている状況が、「当たり前」であることを意味している。

僕は、それは間違っていると思う。誰がなんと言おうと、間違っていると思う。だからといって何ができる訳でもなく、何をする訳でもなく、日々の中の一つの出来事として、それは流れてゆく。部外者であることの気楽さと罪の重さ。そして罪悪感。それらを感じながら、まだ僕は、物乞いの人々とどう接すればいいのか分からずにいた。そして、そのことで真剣に悩む訳でもなく、あくまで「傍観者」を貫こうとする、自分の本能にも嫌気がさしていた。

この国では、このような光景が当たり前なのだ。これが日常なのだ。だから誰も驚かないし、そのことを深く考えたりもしない。このまま旅を続けていると、自分もそうなってしまいそうで、一瞬、恐怖を覚えた。旅をしていると、分からないこと、分かりたくないことが多過ぎて、今回は、その両方が当てはまる。今、この国にある制度、習慣、常識を、一瞬で変えれてしまうような、強い力が欲しいと強く願った。しかし、そんな思いも明日になれば、頭の片隅に投げやられてしまう。それは、僕が日本人であるから。この国における部外者であるから。この事実は、これから旅を続けるのならば、ずっと付きまとい、僕の心を縛り付けるのだろう。

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