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国の価値 - Nepal vol.2 -


カトマンズの夜は静かだ。それは、旅行者の集まる、タメル地区でも一緒だった。正確に言うと、静かというより、することがないという方が正しい表現かもしれない。バンコクのように、クラブやバーが点在しているわけでもなく、せいぜい旅行者向けのレストランがあるという程度だった。しかし、旅行者が集まるにも関わらず、バンコクのそれのように、観光客に依存しきっていないその街並に、ネパールという国と、そこで暮らす人々の誇り、もしくは意地のようなものを感じ、少し嬉しい気持ちになった。実情は分からないが、その時の僕には、そのように見え、そのように思った。

そういった訳で、必然的に、夜は早く眠り、朝早くに目覚めるという、朝方の生活になった。ネパールの朝は、チャイから始まる。チャイというのは、ミルクティーのようなものに砂糖をたくさん入れて煮込む飲み物で、街中には、いくつものチャイ屋が軒を連ね、仕事前の男たちが、立ち話をしながらチャイを口に運んでいる光景をよく目にした。甘い甘いチャイを口に運ぶ、彫りの深いネパールの男たち。チャイの甘さと、彫りの深さから連想される無骨さ。不思議なことに、その相反するはずの二つが、なぜかこの国では妙にしっくりとはまるのだ。

その光景を見るたびに、「僕は今、ネパールにいる」ということを実感できた。異国の地にいて、その国にいるということを改めて自分の中で再認識するのは、簡単そうでいて、なかなか難しい作業だ。旅を続けていると、旅そのものが「日常」となり、本来、「非日常」的である旅をしているということを、忘れてしまう時がある。そんな思いを改めさせてくれるのが、チャイだった。

程なくして、僕もネパールの朝にチャイを口に運ぶようになった。朝方は肌寒いため、売られているチャイはすべて暖かい。どの店でも、大きな鍋でチャイを沸かし、注文すると、それをお玉のようなものでひょいとすくって、安っぽい容器に入れてくれる。それをするのは、大概、サリーを着た中年の女性たちだった。彼女らは、一様に恰幅の良い体系をしており、今でもチャイのことを思い出すと、同時に彼女たちと、彼女たちの着ていた色鮮やかなサリーの色が脳裏に蘇る。そんな、朝の一場面。

宿で、日本人の男性と知り合った。確か、50歳位だったように思う。その男性と、カトマンズ近郊の観光地・ナガルコットへ行くことになった。ナガルコットは、カトマンズからバスで約3時間。ヒマラヤ山脈の絶景が臨める、人気の観光スポットだ。もう、何十年使っているかも分からない、ローカルバス。インドのガイドブックによく出てくる、屋上に荷台にまで人がたくさん乗っているようなあれだ。そんなバスに地元の人間と乗り込み、ナガルコットに向かった。バスの中では、大音量のネパーリー音楽が鳴り響く。細かいジャンルは分からないが、アップテンポの曲がエンドレスで続く。車窓はカトマンズの街中を超えて、クネクネとした山道に入っていく。次第に、美しい山々が景色が、車窓に顔を覗かせてきた。そんなことには構わず、バスの中では、相変わらずのアップテンポなネパーリー音楽。そのアンバランスさもまた、ネパールという国なのだ。

たどり着いたナガルコットは、山の中腹にあり、そこから展望台まで、3キロ程歩いた。緩やかな山道を歩いていると、眼下に、段々畑をたくさん見ることができる。何を栽培しているのか分からないが、その形が、計算しつくされているように美しく、山道を歩く疲労を半減させた。

展望台は、ヒマラヤ山脈が遠くにクッキリと見える、高台にあった。展望台と言っても、日本の山のそれのように立派なものではなく、高台の周りを柵で囲い、その中央に、登れば壊れてしまうのではないかという位、お粗末なはしごが設置されているだけの、非常に簡単なものだった。しかし、そこからの眺めは絶景で、この日の良く晴れた天候も相まって、ヒマラヤ山脈が、まるでポストカードのパノラマのように、クッキリと眼前に飛び込んできた。ネパールは、その面積も経済規模も、とてもとても小さな国だ。中国とインドという二つの大国に挟まれ、ともすれば、どちらかに吸収されてしまいそうなこの国が、世界でも有数のヒマラヤ山脈を有していることを、不思議に感じた。また、「国の価値」とは、その大きさや経済規模からなるという通説の壁に、小さなヒビが入った瞬間だった。

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