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革命の匂い - Nicaragua vol.1 -

  • Ryusuke Nomura
  • 2014年6月22日
  • 読了時間: 8分

ニカラグアと聞いて、その国がどこにあるのか、どんな国なのかを正確に答えられる人は稀だろう。僕も旅に出るまで、名前は何となく知っていたが、正確な場所も、ましてやどんな歴史を持った国なのかなど知る由もなかった。貧困国の多い中米地域にあって、「最も貧しく危険な国」そんな不名誉な称号を与えられているこの国に降りたったのは、2011年5月のことだった。

ホンジュラスから乗ってきたのは、TICAバスと呼ばれる、中米地域で幅を利かせている大手バス会社のバスだった。TICAバス社は、バス運営のみならず、ホテルやツアーにまで手を伸ばしている一大企業だ。中米の主な都市をボーダレスに繋いでいるので、旅行者には便利な存在でもある。他のバス会社もあるにはあるが、今回、このTICAバスを利用したのは、ニカラグアの首都・マナグアにあるTICAバス系列のホテルに宿泊するためだった。このバスに乗れば、当然だが、ダイレクトにホテルまで運んでくれる。懸念していたのは、マナグアの治安である。白昼でも堂々と強盗が多発するという常軌を逸した状態にあるらしい。それでもニカラグアに行こうとしたのは、この国を通過しなければ、中米大陸を「南下」することができないからだ。滞在せずに、バスで通過するだけという方法もあるにはあったが、やはりそこは旅行者としての欲が出てしまい、「せっかくならば」と数日の滞在を決めた次第である。

ニカラグアの歴史は、革命と内戦に「彩られている」スペインからの独立後、親米的なソモサ政権は、国益を私物化する独裁政治を行い、国民の反感を買っていた。このソモサ政権、どれ位の独裁ぶりだったかを表わすエピソードがある。1972年、首都マナグアはマグニチュード6.2の大地震に見舞われた。その際、世界各国から集まった義援金、寄付金の類いを、ソモサ政権はなんと、まるまるすべて着服してしまったというのだから驚きだ。そんなソモサが「革命」によって打倒されたのは、もはや必然だったと言えよう。

国民の反政府感情と、ソ連を主とする共産圏からの援助を背景に力を付けた「サンディ二スタ解放戦線」(革命軍)が1979年、前述したようにアメリカが支援していたソモサ政権を打倒し、ついに「革命」を成功させた。米ソ代理戦争のような結果だったとはいえ、国民は独裁から「解放」され、一応の「自由」を手にする。しかし、その後も、コントラと呼ばれるアメリカ軍の支援を受けた反革命軍との内戦は続き、その戦場は市街地にまで及んだという。その内戦が終結したのが1989年。そう遠くはない昔の話だ。

国境を越え、ニカラグアの入国スタンプをもらうために、長い列に並んでいた時のことだ。ミネラルウォーターや清涼飲料水を売る人達が、僕らの並んでいる列とほぼ並列に、壁の脇に一列に陣取っていた。その中に、一人の美しい女性の姿があった。飴色で艶がある髪をアップにして束ね、肌の色はミルクチョコレートのように甘美的で、二重の目元とスーッと通った鼻筋はハッキリとしているが、しつこくなく品の良い顔立ちだ。しかし、彼女の左頬には、大きな火傷か皮膚移植のような痕があり、その眼差しは、明後日の方角を見ながら、物悲しさを漂わせていた。その傷跡と彼女の雰囲気が、この国が通過してきた悲運な歴史を連想させた。もっとも、その傷跡は内戦によるものではないのかもしれないが。大きな傷跡を抱え、しかし、それでも彼女が美しいことに変わりはなかった。僕は、どちらかというと、女性の肌の色は少し焼けているくらいの方が健康的で魅力を感じるのだけれど、それを差し引いても、その女性は美しく、その悲しげな目元が、より美しさを強調させていた。

マナグアは暑かった。じりじりと照りつける太陽は、舗装の行き届いていない道路に照りつけて、じっとしていても汗が体を伝ってくる。日が暮れればいくらかマシになるのだが、僕がチェックインしたTICAバスホテルの最も安価な部屋にクーラーはなく、天井に大きなファンが付いているだけだった。個室で密閉されているためか、そのファンを全開にしても、暖かいこもった空気が部屋中をゆっくりと巡るだけで、とても寝苦しかった。売店で買ってきたミネラルウォーターのペットボトルからは、すぐに汗が噴き出した。

町中を歩いていると、政治家なのか大統領なのか分からないが、チョビ髭の恰幅の良い男性のポスターをよく見かけた。その、ピンクを基調にしたポップなポスターのキャッチフレーズは、「Viva la revolucio´n(革命万歳)」。

選挙が近いのか、はたまたプロパガンダなのかは分からないが、サンディニスタ革命も内戦も集結した今、こんなに軽々しく「革命」という言葉を使っていいものだろうか。日本の選挙ポスターにこんなキャッチフレーズが躍っていたら、おそらく問題になってしまうだろう。もっとも、スペイン語の「Revolucio´n」と日本語の「革命」の間には、言葉としての意味は同じでも、決して共有することのできない、それぞれ固有のニュアンスがあるのかもしれない。

話をより日常的なものにすると、ニカラグアの人々は皆、肌がとても綺麗だった。前述した国境の女性のようなチョコレート色の肌を持ち、大人も子供も男性の女性も皆、顔が鏡のようにツヤツヤとしていた。キメの細かさが見て取れる。食べ物の影響か、暑い気候が新陳代謝を促しているのか理由は分からないが、今まで通過してきた国の中で、ニカラグア人のそれは突出していた。だから、学校帰りの女学生の中にハッとする美人がいて、思わず見とれてしまうことが何度かあった。ニカラグア人は、美しい人々だ。

泊まっていたTICAホテルの向かいには、小さな食堂があって、その奥は商店になっていた。新市街まで行けば、アメリカ資本のハンバーガーチェーンやファーストフードの類いがあったが、治安の面から夜間の外出はできるだけ避けたかったため、マナグア滞在中は、夕食をその食堂で食べていた。食堂といっても、売店に毛が生えた程度のもので、作り置きの料理がガラスケース越しに数品並んでいて、それを買って店の前の道路にあるテーブルで食べる。頼めば持ち帰りにもしてくれるようだ。僕がよく食べていたのは、ライスに小豆色の煮豆をかけたもので、その煮豆は少しとろみがあるのでカレーのように見えるが、決して辛くはなく、豆の素朴な甘さが感じられる味だ。特別美味しくもなかったが不味いというわけでもなかった。加えて、ニカラグアにもトルティーヤはあったが、グアテマラのそれと同様で美味しくなかった。トルティーヤを食べる度に、メキシコのタコスが恋しくなる病は、しばらく治りそうにない。

夕暮れ時、その食堂には決まって一人の親父がいた。いつも入り口付近の席に陣取り、仲間や店員と談笑している。彼は、肥満体系の多い中米の親父にしてはひどく痩せていて、顔に大きな水ぶくれと、何かの傷跡のようなものがあった。その傷跡が、革命や内戦の影響なのかは分からないのだけれど、下手に予備知識がある分、変に勘ぐってしまう。このように、時には何の知識もない方が、色眼鏡をかけずに物事を見れる時もあるのだなということが、ニカラグアでは何度もあった。

その食堂の親父はなかなか陽気な人物で、一番最初に食事をしに行った時、僕が一人で食べていると、おもむろに声をかけてきた。なんでこんな大衆食堂にアジア人がいるのか、物珍しかったのだろう。それまでも何となく視線は感じていたが、いよいよ我慢ができなくなった様子だ。「どこから来たんだ?チーノか?」「いや、日本から来た。日本人だ。」覚えたてのスペイン語でなんとか対応する。「そうか、そうか。」しわくちゃの顔を、ますますしわくちゃにさせて笑顔を見せる。どうやら悪い人ではなさそうだ。会話という会話はそれ位で、その後も親父は何やら僕に話しかけていたが、スペイン語だったのでほとんど意味は分からなかった。それでも、僕が煮豆カレーのような料理をすべて平らげると、「旨かったか。そうか、そうか。」といった調子で喜んでくれた。この豆を煮た料理は、どうやらニカラグアでポピュラーなものらしく、この後も、他の店でチキンやライスの付け合わせにされ、プレートの隅に盛られているのをよく目にした。

二回目にその食堂に行った時も、その親父はいつもの席に陣取っていて、僕を見るなり挨拶してきた。その時も会話の半分はおろか、3割程度しか分からなかったが、どうやら仕事の話をしているようだった。「オレはそこで働いている」誇らしげに彼が指差す先には、TICAバスホテルに併設されたオフィスがあった。そんなはずはないだろう。一日の大半をここで入り浸っているだろう彼の言葉は、全く信じられなかった。泥酔しているほど酒臭くもないし、薬物でもやっているのだろうか。一通り話を終えると、親父は、この間と同じようにしわくちゃの顔を、ますますしわくちゃにして笑った。

結局、マナグアで危険な場面に遭遇したことは一度もなかった。いつも以上に細心の注意を払って、少しの移動でもタクシーを使っていたし、一眼レフカメラも、町中では一度も出さなかった。もしかすると、少し疑心暗鬼になっていたのかもしれないけれど、何かがあってかでは遅いのだ。だから、マナグアでの行動範囲はひどく限られていたが、その分、上記の食堂の親父との会話のように、些細な出来事を鮮明に記憶している。食事を終えると、僕は親父に別れを告げ、食堂を後にした。夜の生温い風が体にまとわりついてくる。翌日僕は、近郊都市のレオンに向かった。

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