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ここはメデジン - Columbia vol.2 -


メデジンで強く感じたのは、人々の陽気で人懐っこい気質だ。それは、今まで訪れた国の中でも群を抜いていた。コバヤシさん、ナカムラさんと市内を歩いていると、かなりの割合で通行人に声をかけられる。

「どこから来たのか? 何をしているのだ?」

確かに、自分たちと容姿の異なるアジア人が並んで街を歩いていたら、それはそれは気になるだろう。しかし、だからと言って、その好奇心を直接当の本人にぶつけるのは、また話が変わってくる。今は、東京で外国人が歩いていても珍しくはないけれど、例えば、民族衣装姿のマサイ族が歩いていれば、誰でも気になるはずだ。しかし、だからと言って、「あなたは何をしているのですか?」と声をかける人はごく稀だろう。僕なら絶対に声をかけない。いや、正確に言うと、かけられない。多くの日本人は、僕と同じメンタリティーのはずだ。

ある時、青年のグループに、例のごとく「どこから来たのか?」と声をかけられ、「日本から来た。日本人だ。」と答えると、「ハポネース!ハポネース!!」と意味もなく大笑いされた。それは、決して僕たちを侮辱する笑いではなく、外国人に会えたことを純粋に喜んでいるようなはしゃぎ振りだった。またある時は、女子学生の集団に記念撮影をお願いされたこともあったし、とにかく好奇心旺盛で、それを隠すことができないのが、メデジンの人々の気質であるようだった。この街では、人と人との関係に、ワンクッションがない。それが心地良かった。

そんな温かい歓迎を街のいたるところで受けながら、これが、僕の思い描いていた「ラテンの陽気さ」と一致していることに気が付いた。明るく、陽気で楽天的。あくまで、僕が抱いた印象ではあるけれど、この街には「ラテン」という言葉がよく似合う。というより、むしろ、その言葉を体現しているかのような土地だと感じた。今でも、目を瞑ってメデジンのことを思い出すと、メトロカブレから見た貧しい人々のバラックと、コロンビア国旗さながら、赤や黄色の原色の中に、出会った人々の笑顔が浮かんでくる。

加えて、メデジンは、インフラもよく整備されていた。市民プールは広く清潔で、セントロ付近には美術館や博物館があり、モダンな外観に館内も明るく、上野公園のそれなんかと比べても、全く見劣りしない。中でも印象的だったのが、「フェルナンド・ボテロ」というメデジン出身の画家で、彼の描く作品は、美女だろうが動物だろうが、そのすべてが、太っているのだ。それも、少々恰幅が良いなどというレベルではなく、はち切れんばかりに丸々としていて、誰が見ても、一目でボテロの作品だと分かる。セントロの公園には、そんなボテロ作品の銅像などもあり(当然太った動物や女性)、メデジンのシンボルとして市民に認識されているようであった。僕も、丸みを帯びて滑稽なボテロの作品たちが愛くるしいと思ったし、何より、この街の陽気な雰囲気にピッタリとハマっていて、これだけボテロの作品が似合う土地もないのだろうなと感じた。

僕は、美術館や博物館といった場所は、ゆったりとした時間が流れ、心を落ち着かせることができるので、案外好きなのだけれど、あいにく、芸術関係には疎いので、展示されている作品の批評はできないけれど、一つ、記憶に残っている作品がある。

ある日訪れた博物館の一室で、映像作品を延々と流している部屋があった。どうやら、「人が喜びを爆発させる瞬間」がテーマらしく、ゴールを決めて抱き合っているアルゼンチンの選手や、喜びの余り涙を流すサポーターの姿などが、暗室の巨大スクリーンに延々と映し出されている。僕が面白いと思ったのは、作品自体よりも、それを鑑賞している人達だった。椅子もなく、スクリーンのみが設置されているその部屋で、多くの人は、仰向けに寝転んで、両手を頭の下に入れ、まるで自分の家で映画でも見るようにして鑑賞していたのだ。思わず、心の中でニヤリとほくそ笑んだ。そして、こう思った。こんなにもリラックスした人達の態度と映像が調和して初めて、この作品が完成するのではないか。もしかしたら、作者は、こういった人々の気質も視野に入れて、作品を創ったのではないか。その微笑ましい光景を見た僕は、この映像作品がパーフェクトなものに思えた。それもこれも、ここがコロンビアのメデジンだからだろう。

話は変わり、メデジンには、「アトレティコ・ナシオナル」という、サッカーコロンビアリーグの名門クラブがある。かつては、メデジン・カルテルの政治力で、審判や、時には相手チームごとを買収して勝利を重ね、リーグでも屈指の強豪として、コロンビアはもとより、南米中にその名を轟かせたけれど、メデジン・カルテルが解体され、資金力を失った今は、「並」のクラブに姿を変えてしまったと、コバヤシさんが言っていた。それでも、メデジンの人々にとって、「アトレティコ・ナシオナル」は、誇り以外の何物でもない。滞在期間中にゲームを見ることは叶わなかったけれど、一度、アトレティコ・ナシオナルのホームスタジアムに行く機会があった。スタジアムに併設しているクラブショップで、昨シーズンのユニフォームがセール品としてかなり安くなっていたので、サイズは多少大きかったけれど、思い切って購入してみた。緑と白の縦縞が爽やかな好デザインだ。節約が常の貧乏旅行において、優先されるべきは、食べ物と泊まる場所だ。だから、たとえシャツ一枚であっても、買うことを躊躇してしまう。でも、このクラブのユニフォームは日本では見たことがなかったし、サッカーユニフォームを集めることが趣味とまではいかないけれど、以前から好きなので、思いきって購入を決意した次第だ。

アトレティコ・ナシオナルの、緑と白の縦縞は、この街の誇り。その縦縞の中央に、「POSTOBON」という、日本でいうファンタに似た清涼飲料水のスポンサー名が入っていて、その書体がなんともポップで可愛らしく、この街の雰囲気にピタリと合致していた。そんな一張羅を身に纏って、ウキウキした気分で市内を闊歩する。すると、ある時は、見知らぬおじさんが、すれ違いざまに得意げな顔で親指を立ててくる。またある時は、僕と同い年位の若者が、誇らしげな顔で、自分の左胸を握った拳でトントンと叩く仕草を見せてくる。僕もおじさんに向かって得意げに親指を立て、若者と同じように自分の左胸、すなわち、アトレティコ・ナシオナルのエンブレム部分を、少しだけ誇らしげに、握った拳でトントンと叩く。すると、不思議と、自分がこの街に長いこと住んでいるような気分になってくる。彼らは、このクラブを、そして、フットボールを心の底から愛しているのだ。その気持ちにほんの少し近寄れたのが嬉しかったし、それ以上に彼らが羨ましくもあった。自分の街の誇り。それを持っている彼らは、僕より何十倍も人生を楽しんでいるように思えた。シャツ一枚着替えるだけで、こんなに変化を感じれれる街なんて、なかなかないだろう。少なくとも、僕には初めての経験だった。フットボールがこの街の人々に与える影響を考えると、それは、まるで政治的にすら思えたし、しかし、それは実際の政治と比べて、ひどく真っ当なものに違いなかった。もっともっと、世の中が単純になれば楽しく生きていけるのに。

「この世に生を受けた瞬間から、自身の愛するクラブがある」その点において、僕は、南米とヨーロッパの国々に暮らす人々に、憧れを通り越して、嫉妬さえも感じていた。自分のクラブが負ければ勉強や仕事に身も入らず、勝てばまるでお祭りのようにはしゃぎ倒す。そんな風に、一つのことに一喜一憂しながら生きてみたかった。彼らは、自分の愛するクラブに、自らの人生を投影しているのだ。何かに気持ちを囚われるというのは、同時に危うくもあるし、しかし、その危うさすら魅力的に思えた。刹那的な生き方とでも言うのだろうか。規則や規律を重んじて育ってきた僕には、そんな生き方が、ひどく眩しく健康的に映ったのだ。そういえば、昔、何かの雑誌で、「日本はなぜ柔道が強いのか」というテーマの記事を読んだことがあった。そうなのだ。日本人は、決して体格的に恵まれている民族ではない。にも関わらず、柔道という種目において、常に世界のトップレベルであり続けている。それは一体何故か?その記事の中での結論は、実に単純明快だった。それは、それが日本の「伝統」であるからだ。

伝統と聞くと、なんだか堅苦しい感じがするけれど、つまりは、その競技がどれだけ「文化」として根付いているかだと思う。僕は柔道には詳しくないけれど、物心付いた時から、オリンピックなどを見て、自分の国は柔道が強いということを知っていたし、大人になった今では、日本は柔道が「強くなくてはならない」と意識の中に刷り込まれている。南米やヨーロッパにおけるフットボールもこれと一緒なのではないか。伝統だとか文化だとか難しい言葉を使ってもいいのだけれど、それよりも、フットボールが、どれだけ国民の心の中に影響を与えているか。その点において、日本はフットボールという分野における後進国であり、前述したメデジンでの経験から、コロンビアはまさに先進国であると思う。今後、その差は果たして埋まるのか。日本人の心の中に、フットボールが今以上に浸透することは可能なのか。極めて個人的な希望的観測をもって、僕は、可能であると叫びたい。だって、希望を持って生きていた方が楽しいからね。

ある日の夕暮れ時、夜のメトロカブレに乗って夜景を夜景を楽しむために、最寄りの駅まで、電車で移動することになった。プラットホームで電車が来るのを待っていると、駅の警備をしている若い兵士が、笑顔で僕らに向かって何事かを話しかけてきた。コバヤシさんに訳してもらうと、「ここ(この街)はいい場所だろう?」と言ったらしい。僕もいつか、自分の住んでいる土地に、異国からの来訪者が来た時、そう言えるような人生を送りたいと願った。

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